
2024年秋、イタリアの雄・イタレリより、日本のカーモデラーに向けてビッグなプレゼントが届けられました。そのプレゼントの正体は、プラッツ/イタレリによる1/12 ランチア デルタ HF インテグラーレ 16V 1989 サンレモラリー(日本語対訳補足説明書付属)。大げさでもなんでもなくビッグなプレゼントで、その仕上がり全長はなんと362mm!
当たり前と言えば当たり前の話ですが、立体物としての体積はポピュラーな1/24カーモデルの8倍(!)にも及び、「完成させても飾る場所がない」と本気で悩む人が出てきそうなプロダクトと言えるかもしれません。
実車解説
それではいつものように、まずは実車解説から入っていきましょう。
ランチア デルタ HF インテグラーレ 16Vは、イタリアの自動車メーカーであるランチアが製造し1989年シーズンに投入したWRC(=世界ラリー選手権)車輌及び、同名のWRC出場権獲得用ホモロゲーションモデルのことを指します。
そして、そのデルタ HF インテグラーレ 16Vを語るためには、WRCの歴史を少々遡る必要があると言えるでしょう。


WRCの舞台は1986年のツール・ド・コルス ラリーでのヘンリ・トイヴォネン/セルジオ・クレストの事故死により、1987年からモンスターマシンのグループBカーが排除され、市販車に近い改造しか許されないグループAカーによる争いに転じました。
これに困ったのがWRC常連チームのランチアでした。
当時のランチアにはグループAカーに適した四輪駆動のベースとなる車輌が存在しておらず、その結果、1986年のトリノ モーターショーで発表したばかりのデルタ HF 4WDが消去法により選ばれることになったのです。
デルタ HF 4WDのグループAカー化に向けた開発は1986年6月初旬の風洞実験を皮切りに、8月6日にトリノ近郊にあるフィアットのテストコースでシェイクダウンが行われました。10月のWRC第11戦サンレモ ラリー中に報道陣に初公開され、1987年の開幕戦モンテカルロ ラリーの1週間前に、グループAの規定生産台数には達してはいなかったものの、条件付きでなんとか公認を受けWRCデビューを迎えたのです。
そして、1989年シーズン向けに用意された進化系車輌がデルタ HF インテグラーレ 16Vです。フェンダー形状もブリスターフェンダーと呼ばれる張り出しがあるものへ変更され、このモデルからヘッドライト周辺にも通気穴が開けられてフロントバンパー周辺にも可能な限りのエアダクトが開けられました。これはWRCへの対策のためで(当時のランチアはエンジンの冷却問題で常時苦労していたのです)、また、駆動系もFF寄りだった駆動配分をFR寄りの前44:後56に設定し直すことに。
この結果、拡大したトレッド、短いホイールベース、インチアップしたタイヤなどと相まって、デルタ HF 4WDに比べ回頭性とコーナリング能力が向上することに繋がりました。

こうしてランチアは1991年12月18日にWRCからの撤退を発表するまで、1988年から1992年までのあいだに5回に亘るマニュファクチャラーズ タイトルを獲得。まさしく一時代を築き上げることに成功したのです。
ビックスケールのキット内容
それでは、キットの内容を見ていくことにしましょう。

冒頭でも記しましたがとにかくビッグサイズなんです、このキット。パッケージのサイズは540mm✕330mm✕130mmで(パッケージが巨大な理由はのちほど説明します)、使用している紙の表面はニス塗り仕上げ。こんなに巨大なプレゼントなんて、クリスマスプレゼントでもらったことすらないのでは?
また、パッケージの側面に、デフォルトで付属するデカールやエッチングパーツ、ラバーパーツの写真がすべて記載されているのも「安心感」があって好感が持てるポイント。それに加えて、そもそもパッケージのデザインがとにかく格好よい! 何か久しぶりにパッケージデザインの重要性に気付かされた気分で、もうこれだけでも充分ワクワクしてしまいます。


というわけで、当キット最大の特徴はやはり、「1/12」というビッグスケールであることと、普通ではあり得ないレベルでの徹底的な実車取材に基づくキットに仕上がっている点です。
お互いイタリアの企業同士ということで、隠し事などは皆無だったのでしょう。それゆえに、たとえばエンジン&トランスミッションケースはマシンから取り外した状態で撮影取材が行なわれたらしく、ボンネットを開けただけでは見えないようなところまで正確にパーツ化が行なわれています(エンジン周辺のパイピングは厳密に指定されており、補機類も含め省略しているパーツは一切存在しません。また、パイピング用のビニールパイプパーツも当然のようにキットにデフォルトで付属します)。


その「実車の再現度」はとにかく鬼気迫るものがあり、単純に「1/12だから細部まで再現できる」なとというレベルではなく、「このキットを組み立てる=実車の構造をすべて正確に知ることができる」と表現すべきパーツ構成にはとにかく驚かせられます。こうした実直な姿勢には素直に脱帽するしかありませんし、これこそが「パッケージが巨大な理由」であり、すべてのパーツをパッケージ内に収めようとすると540mm✕330mm✕130mmというサイズがどうしても必要なのです。
ちなみにキットではボンネット、フロント左右ドア、リアハッチが開閉可能となっており、前述したエンジン&トランスミッションケースに加え、完成後も高い解像度で完全再現されたインテリアやサスペンションなどを鑑賞することができます。
エッチングパーツは、シートベルトの金具やブレーキペダルなどの適材適所に使われているのが好感が持てるポイント(なんでもかんでもエッチングパーツにすればよいというわけではないんです!)。さらに、マットガード(泥除け)のパーツが実車と同様にゴム系素材製なのがうれしいですね。

というわけで、一見しただけではファミリーカーにさえ見えてしまうランチア デルタ HF インテグラーレ 16Vが決してファミリーカーなどではなく、「羊の皮を被った狼」である旨がこのキットからは見て取れるはずです(余談になりますが、筆者の知り合いがランチア デルタ HF インテグラーレ 16Vを購入した際、その妹が「お兄ちゃん、マーチ買ったの?」と発言したという話を聞かされた際には爆笑しましたが)。
なお、デカールは同じイタリアのカルトグラフによる、高品質なシルクスクリーン印刷デカールが奢られています。色透けは一切なくニス部分もほとんど目立たず、有機的な対象に対しても見事にジャストフィットするという秀逸なデカールで、カーナンバー1のミキ・ビアシオンとカーナンバー5のディディエ・オリオールの2種が用意されています。それだけでなく、内装のフロアなどに貼るケブラー地を再現するためのデカールも付属しており、デカールに関しての満足度もすこぶる高いものとなっているのがポイントです。




いずれにせよ、1/12というビッグスケールでWRCマシンが製品化されるのは滅多にないこと。イタレリもこのランチア デルタ HF インテグラーレ 16V以外の1/12 WRCマシンはキット化していません(逆説的に考えると、ここまで解像度の高いキットを発売してしまった手前、同じようなレベルに基づく実車取材が敢行できない場合は1/12スケールでWRCマシンを製品化することはできないとも言えるでしょう)。
というわけでいつもはポピュラーな1/24スケールモデルでラリーカーをコレクションしている人にこそ、ぜひとも体験していただきたいSS(スペシャルステージ)モデルです。
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